かいました

仕事先に近い所に引っ越した。
3階の角部屋で1DK、一人暮しには十分だ。

殺風景な12畳の部屋に似つかわしくないこじんまりとしたソファ。
壁に沿わせて置かれたダンボール。
無造作に床に散らばる郵便物。
前に住んでいた所で使っていた寸足らずのカーテン。
その上にかけられた服。

ここは新築、まだ入居者は少ない。
しんとした静けさはこの部屋に妙に合っていた。

綺麗なフローリングに座って食べるカップラーメンは最高じゃないか。

すする音が反響して、まるでスベッた後のあの冷たい空気を思い出させる。

「さむ…」

週末の仕事帰り、コンビニがある通り沿い。
ペットショップがある。

　新種ペット入荷！大人しくトイレの躾も済んでいます。

ペットかぁ、それも有りと言えば有りだ。
鳴き声の大きなペットでなければ飼っていいと言われたし。

　餌は特別に用意する必要はありません。
　新鮮な野菜を与えて下さい。

へー、草食なんだ。大人しいのもそのせいか？
で、幾らするんだろう。

　訳有りの為１万円

訳有り？
あー、他のに比べたらデカイな。
サイズ的に買い手がつきにくいか。

「すみません、これください」

寂しさを埋める為にペット。
有りがちなシチュエーションに変な笑いが出てしまう。
とりあえず今日から部屋には自分以外の温度を感じる。
物ではない温度はどこか寂しさが紛れる。

遅い夕食に付き合う様に隣でしゃくしゃくと食む音がする。
野菜も如何ですか？と言っているかのようにこちらを伺う視線を感じる。
そういえば最近野菜不足だった。

簡易的に壁に伸ばされたアンテナはテレビ写りが悪い。
ざらついた画面を見ながら野菜を食べた。

 

フローリングに直敷きされた布団がどこか寂しい。

そのうちパイプベッドでも買うか。

布団の端の方にその存在を感じる。
小さく息遣いも聞える。

ペットも悪くないな。

 

いつもならコンビニですませる買い物を、足を伸ばして食料調達。
値段の違いに久しぶりに驚く。
引っ越してから冷蔵庫も買った。
野菜も多少なら買いだめができそうだ。
折角だし料理なんてのもやってみるか。
作り置きもできそうだ。

部屋に戻るとそこにいる。
お帰りなさい、といっているように見える。

「ただいま」

誰も見ていのだけれど、恥かしくなった。

そして野菜を食む。

 

 

普段通りに仕事に行く。
玄関の鍵を閉めて、なんとなく戸の覗きレンズから中を見る。

こっちを見ている。
そんなもんなんだろうか。

ここで時間を費やす訳も行かず仕事に向かう。
いつも通りに時間が過ぎ家路につく。
ふとペットショップに目をやると、もうあの張り紙はなかった。

そういえば、風呂はどうすればいいのだろう。
ペットとはいえ洗わないといけないだろう。
洗剤は人間と同じでいいのか？
ブラッシングも必要なのか？

とりあえず解からずなまま、風呂場に連れていく。
自分もついでにシャワーも浴びてしまえば濡れても平気だ。

水に濡れると一回り以上小さく見える。
シャワーに驚く訳でもなくシャンプーにも暴れる訳でもなく、ただ静かに洗われている。
使わないブラシで毛をすくと濡れて細った体からずるずると毛が抜ける。
そういえば、実家で飼っている猫も犬も毛抜けの季節はごっそり抜けてたな。

まだらに抜けてはいたがそれでも乾くと大きな毛玉だった。
部屋の隅を見ると抜け落ちた毛があった。
ゴミ箱を見るともっとあった。

ゴミ箱に捨てるほど器用なんだろうか。

毎日は同じだった。
以後ともいつも通りに進む。
違うことといえば仕事が終って飲み食いに行かなくなったことくらいだろうか。
同僚に最近付き合いが悪くなったと言われやしないかと気にはなっている。

仕事が終っていつもの通りを帰る。
コンビニによってはみたものの、料理は休みの日に作り置いた為これといって目に付かず。
わざわざ無駄遣いするのもなんだし、そのまま何も買わずにでる。
この先にはあのペットショップ。

潰れた？

シャッターが下りて貸し店舗の張り紙がしてあった。

 

部屋の前、ポケットから鍵を出し戸を空ける。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

選択　①「すみません、間違いました」
　　　　　と言ってとりあえず通路で小一時間考えてみる。

　　　②「ただいま、随分スッキリしたんだね」
　　　　　と言って全てを受け入れる。