御母屋の便所は今も外だった。
田舎に行くと今でもまだ山深い景色が残っていて、
そこに本家、分家と少し離れてあった。
本家の敷地には御母屋と別に大ばぁが住む家があった。
広い敷地は庭というより、ただ広い場所。
風呂も外にあって、別棟のそこに行くまで数メートルほどある。
壁沿いに細い竹が刺してあって、夜顔がつたっていた。
田舎の夜は空が高い。
冬場にはその空間がキンと耳の奥に痛く感じるほどに
静まり返って、冷たく硬い透明な空が怖くさえ感じた。
今は夏、昼間のセミにうんざりさせられ、
慣れない田舎の勝手に惑わされ、
「たまには田舎でゆっくりしておいで」
は、嘘だと思う瞬間だった。
とはいえ今ではクーラーも普通にある。
蚊取り線香がすさまじい勢いで煙を散らす。
体中燻されまくりだ。
数年前までは有線が一日中鳴っていた大ばぁの家。
今ではデジタル放送付き。
食事を終えビール片手にボンヤリと外を眺める。
大ばぁは、客が来ると御母屋に寝る。
客は大ばぁの家に泊まる。
理由は布団以外母屋においてあるから。
その辺が本家の不思議だった。
大ばぁはクーラーが嫌いらしく、
家の大部屋には蚊帳の吊り金具ががっちりと付いていた。
たぶん、別棟を立てるときに始めから「つける予定」で
付けられた物だろう。
田舎を味わうべく蚊帳を吊ってもらい、
その中で夜を過ごす。
ふと外に目をやると、縁側から白い夜顔が覗いていた。
やたらと重く濃い空気がゆるゆるとゆれる。
風の無い蒸し暑い夜だ。
あ・・・便所・・・
これだけ汗をかいても、ビールの利尿効果は即効性付きで現れる。
外に出て数メートル先の別棟、風呂の隣の建物。
こんなところにも夜顔。
白い朝顔に似た花が何輪も咲いている。
シンと静かな中で咲いている真っ白な夜顔を見ていると、
ほんの少しだけ、気持ちだけ涼しく感じる。
便所に入ってみると、少し高い位置に小さな窓がある。
星が見える。
枠にも夜顔がつたっていた。
電球が薄暗いせいだから見えたというわけじゃない。
真っ白な夜顔の咲く小さな額縁のついた濃い藍色の空の絵のように、
そこに星が光っている。
さわさわと小さく遠く葉が揺れる音がする。
静かだ。
用を足そうとした。
ガッ!
ジジジジジジ!!
「ひっ!」
蝉だ。
色んな意味で色んなものが、止まった。
ふと顔を上げると、
夜顔がからからと笑っているように見えた。
その下には壁にぶつかって裏返ってまま落ちている蝉がいた。
夜顔は朝顔と同じようにラッパ型の花で、
夕方から夜にかけて咲きます。
朝には萎んで、それと交代のように朝顔が咲きます。
夜顔のことを夕顔と呼ぶ人もいるようですが、
土地柄でしょうか?
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